院試専門オンライン予備校「志樹舎」が運営する
「慶應義塾大学院の院試対策ガイド」をご覧いただき、ありがとうございます。
今回のテーマは
「指導教員の修正コメントとどう向き合うべきか」です。
修士論文が止まる最大の原因は「修正への誤解」
修士論文が途中で止まる人の多くは、
研究能力や文章力ではなく、指導教員からの修正への向き合い方でつまずいています。
よくある声として、次のようなものがあります。
- コメントが多すぎて何から直せばいいか分からない
- 全否定されたように感じて書く気が失せた
- 直したのに、また別の修正が返ってくる
この時点で多くの院生が、
「自分は研究に向いていないのではないか」
と感じ始めます。
しかし、これは極めて正常な反応であり、
むしろ修士論文のプロセスでは「通過点」にすぎません。
指導教員の修正は「評価」ではない
まず大前提として理解しておくべきなのは、
指導教員の修正コメントは、あなた個人への評価ではない
という点です。
修士論文に対するコメントは、
- 研究として成立するか
- 論文として読めるか
- 学位論文として最低限の水準にあるか
この観点から行われます。
つまり、
「今の原稿は、学位論文としては未完成である」
という事実を指摘しているだけで、
- 人格
- 努力
- 適性
を否定しているわけではありません。
修正コメントが多いのは「期待されている証拠」
意外に思われるかもしれませんが、
修正コメントが多い論文ほど、最後まで通る可能性が高い
という傾向があります。
なぜなら、
- 見る価値がない論文
- 伸びしろがない論文
に対して、指導教員は細かい修正を入れません。
本当に厳しいケースでは、
- コメントが極端に少ない
- 「もう少し整理してから出して」と返され続ける
という状態になります。
修正が具体的であるほど、
研究の方向性はすでに共有できている
と考えてよいでしょう。
修正の正しい受け止め方
指導教員のコメントに対して、
やってはいけない反応が3つあります。
- 感情的に落ち込むこと
- 全部を一気に直そうとすること
- 自分なりの解釈で勝手に直すこと
正しい向き合い方は、以下の順序です。
- コメントを分類する(構成/論理/先行研究/表現)
- 「本質的な指摘」と「表面的な指摘」を分ける
- 本質的な指摘から優先的に直す
修士論文では、
文章表現よりも、論理構造の修正が最優先
です。
「言われた通り直す」は半分正解、半分不正解
よくある誤解に、
「とにかく言われた通り直せばいい」
という考え方があります。
これは半分は正解ですが、半分は危険です。
なぜなら修士論文は、
最終的には「あなたの論文」だからです。
重要なのは、
- なぜこの修正が必要なのか
- 研究全体のどこに影響するのか
を理解した上で直すこと。
理解せずに直すと、
- 別の章との整合性が崩れる
- 次の修正でさらに混乱する
という事態が起こります。
修正を通じて「研究者的思考」が身につく
修士論文で最も成長する瞬間は、
修正コメントを受け、それを咀嚼し、再構成する過程です。
このプロセスを経験した人は、
- 博士課程
- 学会発表
- 論文投稿
に進んだとき、圧倒的に強くなります。
逆に、
修正を「嫌なもの」「早く終わらせたいもの」と捉えると、
修士論文はただの苦行で終わります。
修士論文は「一緒に作るもの」
最後に大切な視点を一つ。
修士論文は、
学生一人で完成させるものではありません。
- 指導教員
- 研究室
- 先行研究
との対話の積み重ねで作られるものです。
修正コメントは、その対話の痕跡です。
それをどう受け取り、どう返すか。
ここに、修士論文が「書ける人」と「止まる人」の差が表れます。
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※この記事は専門家による監修のもと執筆されています。
この記事を監修した人
小杉 樹彦(こすぎ・たつひこ)
志樹舎 創業者/博士(学術)
慶應義塾大学院修了後、2015年1月に院試専門オンライン予備校「志樹舎」を設立。
代表講師として10〜60代まで延べ5,000人以上の受験生を指導。
早慶・国公立をはじめとする難関大学院で合格率9割超の実績を持つ。
現在は大学院入試対策の専門家として、テレビ・新聞・雑誌など幅広いメディアで活動中。
ロングセラー『減点されない!勝論文』(エール出版社)ほか著書・論文多数。


